piece3-2 Stringendo

ピーターは最初、闇市等へ向かおうかと思っていた。しかし道すがらに、アーヴァインの一族が懇意にしているイタリア系マフィアのペイシェントが、三人に声を掛けた。彼と面識があるらしいベルガモットの言うがまま、ピーター達を先導してあっと言う間に地下闘技場のあるビルの中へ。スモークガラスが張られた部屋へ案内すると、全て準備は調えていますよと伝え、あっさり立ち去って行った。
演目等の説明は無し。この三人以外の観客も無し。全て無し。
行こうと思った場所とは違った上、その場つなぎの話題も思い付かず、ただ周りを見るのみだった。一緒に付いて来た少年は、安いクッションのひかれた座席に堂々と寝転んでいる。やきもきするピーターと相反する様な呑気な姿で、ベルガモットに話し掛けた。

「なぁ、ここへほんとにアイツが来ると思ってる訳?」
「多分ね。中身は残酷で冷血な癖に、お人好しの博愛主義者の仮面を被ってる。きっと近くにいるわ。ソフィーの物を持っている人が、どうするかでここに来るかは分からないけれど。」
「そこは来てくんなきゃ。わざわざデリックとトニーが此処にいる意味がねぇよ。」
「デリック...?」
「ベルのおまけには教えてやんねーよっ。」

中指を立てて舌を出した。ベルガモットはその姿を見てくすくす笑っている。
彼等はここで起こる内容を既に知っているらしい。では何故、『案内人』等と名目を付けて、自分を呼んだのか。困惑しているピーターに、ベルガモットが笑顔で話し掛けた。

「ピーター、貴方も賭け事はするでしょう?」
「賭け、ですか。」
「ええ、賭け事よ。ここはそういう場所でしょ?」
「まぁ、ポーカーぐらいはやりますが。」

同性同士での賭け事は、親しくなる為の切掛けに過ぎない。
こんな血なまぐさい賭けをする奴等に親しみを持つ事は無いものの、聖女が如く微笑むベルガモットにピーターは困惑面のまま答えた。

「これから見るゲームは、ケビンが見つけてずっと教えてくれていたの。リングにいる人、貴方は知っているんじゃないかしら。」

寝転がる少年に微笑むと、ベルガモットはスモークガラスの側にあるスイッチに手を伸ばした。スイッチを切り換えると、スモークは一瞬で消えてリングの光景がはっきりと浮かび上がる。そこに立っている人に、ピーターは確かに見覚えがあった。父の知り合いの双子の医者の片割れだった。傍らに大型犬が寝そべり、一人の子供が並んで立っている。ガラスの反射で驚いた顔をする自分の顔が映っている。
何のフィクションだ。
動揺するピーターが面白いのか、ケビンがゲラゲラ笑った。

「あいつが馬鹿みたいな計画を立てていた。それを知った俺が手を貸して、ベルがアドバイスをして『あげた』訳よ。その結末がこれから分かるんだ。分かるか?懐の小さいインテリさん。」
「ベル、貴女は一体何を...」
「全てはお祖父様達の作ったおとぎ話よ。」

ベルガモットはガラスをなぞり始めた。ピーターの混乱を描く様に、動く指先に沿ってガラスに黒く細い曲線が走っていく。一体何が起こっているのか。

「神様達は気紛れに、人の願いを叶える魔法のグッズを作った。万物を司る『モノ』について書かれた本が、その中にあった。」

彼女は全てを『童話』という例え話で語っていた。話の筋で言うのなら、人の願いを叶える魔法は『シュライン』の事だろう。ピーターの理解を待たずして、童話は進む。

「ある男は、他人の名誉が欲しくて、『本』に書かれていた薬を作った。それを使えば自分に全てが与えられる筈なのに、使えば使うだけ自分のものが減っていく。それこそ自分だけを愛してくれる筈の伴侶は、いつの間にか他の男のモノを咥えて喜んでいた。男にとっては悔しいばかり。男は同じ感情を抱く人間に、その全てを託して死んだ。」

一体それは誰の暗喩なのか。
混乱するピーターの様を愉しむ顔で、ベルガモットは話を続けた。

「ある日、本を受け継いだ人間に捕まった子供が、薬を飲まされる前に賭け事を申し込んだ。自分は全てを忘れて貴方の犬になりましょう。その代わり、血を分けた兄弟は殺さないで下さい。彼らだけは助けて下さいって。そう言って薬を呷った子供は、どうなると思う?」
「犬にはなれども、人間へ戻った。御伽話は子供への訓示を含むものだ。それ相応の代償を払うものには、それに見合う対価を与えないと。」
「そう。だけど子供は男を裏切った。そして男も子供との約束を反古にして、弟へ毒を飲ませ、犬に変えた。賭けを申し込んだ子供は兄弟の事を忘れている。だから、この話はまだ終わっていない。」

笑顔のまま、淡々と喋る少女。彼女の語る言葉は自分に関連は無い。なのに、ピーターは彼女の語る物語に言い知れぬ恐怖を感じていた。
お愛想で聞くにしても、付き合いきれない内容だ。逸る気持ちがピーターの語気を荒げていく。

「それは本の内容を我がモノの様に使った男達が改心するか、あっさり死んで終わりでしょう。その方が平和だ。子供の御伽話らしい。」
「これはお祖父様達が私にくれた御伽話よ。貴方のものではないわ。」

ベルガモットはピーターを諌める様に睨み付けた。

「何の為に願いの叶う魔法を作ったのか。神様が人へ与えたのは何らかの理由があった筈。でも、その目的が明確では無いわ。目的をはっきりさせていない所為で、本を持った男達は、創造から破壊へ走り始めた。人を変えてしまったのなら、元の姿に戻す術を形にしておかなければ、魔法は意味を成さない。それに、自分から望んで犬となった子供は、放っておいて良いものかしら。男の裏切りで犬に変わった弟はどうなるの。貴方が話を作るのなら、ちゃんと説明して。」
「それは...」
「同じだけの事を研究者は実験体に行うでしょう?私に非道い事だと説教したいのなら、すればいい。それが貴方の正義なんだから。」

言葉に詰まるピーターを見て、ベルガモットは微笑んだ。穏やかで清い笑顔なのに、その笑顔がピーターの心の形を崩していく。

「私の作る物語は、本が壊れなきゃ真意が形にできない。それに、弟の事を忘れた子も壊れなければ、賭けの代償にはならない。」
「皆殺しですか......貴女は物騒な結末を選ぶんですね。」
「ええ、形あるものは何時か壊れるものだから。私はケビンとそういうアドバイスをしたの。」
「融通も器用さも無いあの愚図よりマシだからな。」
「そうね。でもその愚図で遊ぶのが、私は本当に大好きなの。」

子供の戯言。それが、何故怖いと思うのか。ピーターの心臓の鼓動は早まっていく。

「さっき話していた事、予定であって確定ではないモノが沢山あるわ。賭け事は、答えが見えないから大事なモノを賭けるのよね。」

ベルガモットの手がガラスから離れた。彼女の薄灰色の瞳が、ピーターをこの場所へ縛り付ける。

「さぁ、貴方は誰に何を賭ける?」


***********************


アンジェラが駄菓子の袋を抱え、奥の部屋に現れた。丁度オリバーとラルフが貰い物のスコッチまで空け始めた頃で、クローディアがいない事を確認すると、安心した顔でソファーに座った。ジャンクスナックを豪快に並べ、勢い良くチョコレートスナックの袋を破いて机に広げる。

「クローディアは無事に寝たみたいね。」
「ああ、お前とラルフのお陰でな。」
「じゃ、そのウイスキーを私にも。あの馬鹿共へ投げた情報考察に私も参加する。」
「参加だけか?」
「ふっほふふほほ、ふふへふんへほ?」

ラルフの問い掛けに答える前に、アンジェラはスナックを掴めるだけ掴んで、自分の口に放り込んでいた。口の中から物を溢れさせない代わりに、彼女が何を言っているのかさっぱり分からない。オリバーは傍に置いていたタンブラーに、ミネラルウォーターを注いでアンジェラへ渡した。

「阿呆。口ン中の物を飲み込んでから喋れ。」

貰った水を一口含んで、口の中の物を一気に飲み込む。
アンジェラが持って来た駄菓子は、彼女の財布の金で揃えたものばかり。クローディアがまだ起きていたら、彼女が落ち着く迄食べさせて、無理やり寝かせるつもりだった。しかし、その問題児がいなければ、駄菓子の役目は自分の空腹を満たす事と、自分の脳の活動を活性化させる為のモノだ。

「ありがと。ま、あいつ等が失敗したら、あたし等だけでなくオリバー達も隠れる準備するんでしょ?」
「ああ。相手が相手だったらな。」

オリバーは空になったグラスにロックアイスを放り込み、ウイスキーを注ぐ。透き通る氷の頂点は、真っ直ぐにそそり立っていた。氷の頂点の様に予想通りの形へ進む不安を、オリバーは感じていた。
昔、これに似た事があった。
その時は丁度クローディアの父親が死んだ後、目の前にいる二人がまだ駆け出しの頃で、クローディアの伯父から依頼を受けたものだった。
依頼の遂行にて必然的にラルフ達の保護者が標的となり、そして、犯人の盛大な自爆によって、依頼者とその他の警護と共に死んだ。
資産家の相続に絡んだ事件だった筈なのに、情報操作によって依頼を受けたこちらが主犯にされ、彼らは中央府から一旦姿を消さざるおえなくなってしまった。
その時も連続して人が死んでいる。そして、事件の背景に『シュライン』が関係している。うっかり巻き込まれてしまった者を除くと、それら全ての結果で利を得ている者がいる。
クローディアの母親・マリアの一族から全ての利権を奪い取ったヘンリー・ロウズがその最もだ。法の名を着て政界に生きる彼の目的は、過去の戦災と今を繋ごうとしたマリアの一族に関わる全てを抹殺する事。そして、存在そのものが『シュライン』と同等の存在であるクローディアを、彼の作った檻の中へ入れる事だ。
彼もしくはその関係者が関わっていれば、最後はクローディアが狙われる事になる。

「内容と過程は違っても、どうもステラが死んだ時と印象が被るんだ。これを作っているのが表にいる奴等、狙われているのがこのメンバーでなければいいんだが。」
「それは無いだろ。今回の事件はイデア・プログラム絡みで形容が歪すぎる。それに、あの時は最初から強制参加の状態になっていたのに、今回は俺達の自由参加。あいつらが作ったにしては、計画自体が中途半端だ。」

ラルフがアンジェラの駄菓子を掠めながら、朗々と意見を述べた。先程から相当量のアルコールを呷っているのに、素面の時と大差が無い。
確かにラルフの言うとおりだ。この事件の本質を彼らの目標に同調させるには、事件との関係性をはっきりさせない限り、目的そのものが支障をきたしてしまう。
そして、イデアの子供が『犯人』にされる前に死んでしまえば、一番の悪人に仕立てられるのは、彼女を追う奴等になる。そして、今回の事件はこちら側とは何ら繋がりの無い者からの依頼だ。
嫌であれば拒否も可能、伏せる事も可能。
そんな逃げ易い罠で嵌める。そんな甘さを見せる奴等ではないのを、ここにいる三人は身を以て知っていた。
現在のホリーホックは本業を情報収集メインにしているが、以前は人数も多かったし、武装力が主だった。今回の件で公に姿を見せれば、以前の二の舞だ。
それ故、オリバーは事の顛末が明らかになるまで、皆を傍観者にしつづけたかった。しかしクローディアは、自分の元に火の粉を持ち込まぬ二人を、事件の盤面へ放り込んだ。『犯人確保』のみの依頼内容に、ソフィーの所持していたシュラインの在処を知るであろう『イデアの保護』を付け加えて。

「ま、オリバーの考え過ぎだよ。もしも私が向こうの人間なら、そんな面倒な方法取ったりしないわ。」

アンジェラはチョコレートが入った手のひらサイズのボックスをラルフに渡し、ウイスキーを自分のタンブラーに注いだ。

「だって殺った奴等の身体を使うなんてサイコ染みた事、人に罪を被せるには問題多過やしない?それに、人海戦術を組もうにも、両手の数だけの死人を量産してるのよ。金と人手があったとしても、普通に出来るもんじゃないわ。」
「じゃあそれをやりそうな金持ちの見当はついてるのか?」
「全然。そっちの趣味がある人の見当は付いても、やっている対象があの兄弟の知り合いのみ、表面目的を『私怨』裏側を『シュライン』にしてしまうと、本物の化物探すより難しい話ね。っつか、死体を使える奴捜さない限り無理な話でしょ。」

ここまで悪ふざけをやりたがる人間がいるのなら、その顔をじっくり見てみたい。そんな事を思いつつ、今度はドライベリーのクッキーを口に入れた。

「ま、クローディアもオリバーと同じ方向をちゃんと見ているわ。今日クローディアが会いに行ったのって、セレブリティのパパラッチとパイプ持ってた奴でしょ?」
「ああ。で、あの様だ。」

クローディアがハッキングできるのは公的機関等のデータまで。権力を持つ者になれば、プライベートの内容まで把握しているのは、そちらの方々をリアルに観察する人間達だ。
しかしクローディアは親が元・特権階級。それ故、彼らに接触を図ると毎度無茶苦茶な対価を要求されていた。
以前出てきたお願いは、数年前に演劇賞を総嘗めにした女優のコスプレでピアノ演奏をする事だった。衣装が普段着る風体ならまだしも、彼女が子供向けアニメに出演していたキャラクターの服装で、曲もその時の主題歌と限定されていた。明らかに二次元が恋愛対象の方々仕様の服装で、クローディアは女のプライドを振り上げて、金と情報で解決させている。

「クローディアがあれだけ派手にごねたって事は、更に相当馬鹿らしいものが付いていたんだろ。」
「でしょうね。もしくは答えの無い謎かけ付きよ。」
「そういえば、ウォルトはどうした?」
「また派手に怒ったからお使いに出した。頼んだ先は『流星の跡』だから、そこそこ叩かれて帰って来るでしょ。」
「また酷い事を...」
「そんな事していると、いつか嫌われるぞ。」
「酷かないわよ。寧ろ私を嫌う位でいいわ。かわいい子は谷へ突き落とせってママも言ってたし、これが私の愛の形よ。」

この場にいた男二人は、笑顔でウイスキーを呷るアンジェラの背中に悪魔の羽、頭に角を見た気がした。
しかし、哀れんでいるラルフもオリバーも、ヘヴンズ・ドアの店はあまり好まない。今の状況では猶更行きたくない。結局行くのは一番の下っ端になる。
悪い噂をすれば、その影が姿を見せる。泣きっ面の顔でドアを開けた。

「只今戻りました。」
「ご苦労さん。」
「で、今日触られたのは尻?それとも腰?やっぱり前の方?」
「帰ってきた所で聞くって......あんた俺の事を何だと思ってるんですか!」
「馬鹿程真面目な後輩、もとい家出少年。しかも親は上院議員。よっ、この親不孝。」
「親の事は余計です!何で俺に毎回行かせるんですか!」
「お前が一番早いからだろ。分かりきった事を今更聞いてどうする。」
「確かにそうですけど...」

派手に泣きはしないものの、訴える目は切実だった。彼の気持ちは分かるものの、そこまで同情はしない。
全部を賄える程店を開ける事が少ない所為で、クローディアへの一部の交渉は、別の店のマスターが中継点になっている。
クローディアが懇意にしている『流星の跡』のマスターは、アンジェラが行くと時折へそを曲げるので、情報の受け渡しは殆どがウォルトになっていた。店は普通のショットバーだが、店舗の位置とマスターの人柄で客層の幅が広い。
そして、マスターは素直すぎるウォルトが大のお気に入りだった。毎度身構えてしまう若者可愛さから色々弄っているらしい。ヘヴンズ・ドアにはウォルトと同じ境遇の者は多い筈なのに、何故そこまで。ウォルトは自分以外の被害者を聞いた事が無かった。

「まだ親しみ持って触ってもらえるだけマシじゃない。私なんか日頃の文句言われた挙句、肌のシミを心配されるのよ。お前はどこの美容部員だっつの。」
「じゃああの人になら、俺が何されても問題じゃないんですか。」
「問題っつか、今ここでそんな小さい事に拘るお前が問題。その辺で男に取っ捕まって襲われでもしたのか?」
「いえ。でも、あの人はそちらの趣味の方なんで。」
「ガッチガチだな。流石お坊ちゃん。」
「全くだわ。尻の穴まで見られた訳でも無い癖に。」
「仕方ないだろう。子供でも男の沽券がかかってる。それ位の意地は張らせてやれ。」

オリバーの思いやりから、ウォルトの中で何かが爆発した。先程から詰まった感情を一気に捲し立てる。

「ええ、ありません。男に襲われた事なんざありませんよ!ですが、俺は男に尻の穴まで売る勇気なんて持ってません!」
「ラルフ、久々に名言が出た!痛すぎる!ヤバすぎる!」
「ヤバい前にアホすぎる。素面でそれを言う辺り、極寒だろ。」

グラスで机を叩く二人に大笑いされ、悔しそうな顔をしているウォルトと二人を見ながら、オリバーはウォルトへグラスを差し出した。

「そんな派手に笑える立場じゃないだろ。お前らもまだまだウォルトと変わらん。昔のお前等の方が相当面白いぞ。」

彼のグラスにリキュールを注ぐオリバーを、ウォルトは尊敬の眼で見た。年の功を経た者の言葉は魔法の呪文だ。笑っていた二人は、大体の経歴から握られている男の一言で水を打った様に静まった。
オリバーにしてみれば、殻の付いたヒナ鳥の罵り合いは昔の自分を思い出させて、聞いているだけでこそばゆい。
更に言葉を続けようとするオリバーを、ラルフはお手上げの顔で制止し、アンジェラは頭を抱えて突っ伏した。

「それ以上は待ってくれ。まだ俺が酷くて痛いのが分かった。すまん、ウォルト。」
「っつか、その後は言わないで。恥ずかしくてウォルトを地底に埋めたくなる。」
「埋めるの俺?昔の自分を埋めるんじゃなくて!」
「そう簡単に埋めないわよ。あんたはあたし達を追い抜くんでしょ。あたしを超えたいんなら、まずはこれ位の事を笑って流して。」
「は、はいっ。」

アンジェラが労いにプレッツェルの袋をウォルトに投げた。
反応から物言いから直球しか持たぬ正直者への、彼らなりの無茶苦茶な愛で方だった。しかし、ウォルトは最初の頃に比べて、とっとと家に戻れと言われなくなっただけ、マシだと思っている。
次の目標は、命の恩人であるアンジェラに『一人前』だと認めて貰う事だ。その思いが『恋愛感情』だと言われてしまえば、それまでの話だが。

「そういえば、オーナーは本当に寝たんですか。俺が連絡から戻って来ても、店長には散々絡んでると思ってたんですが。」
「もう寝たわよ。何でそんな事聞くの。」
「いや。オーナーが外から帰って来た時、変な事呟いてたんで。」
「変な事?」
「何が?」

二人の声が同調した上、二人揃ってウォルトを見る。眼まで揃って開いていた事で、ウォルトはその同調に驚いてしまった。

「『普通』の私にそんなの分かる訳がないのに......って。あの人が『普通』と『変』を使い分けるのって、店長と自分のお父さん、後はジンに対してだけですよね...」

オリバーは何かに気付いた様に、クローディアの置いたメモや紙面を確かめ始めていた。ラルフが口を開く前に、オリバーが溜め息を付いて呟く。

「大元を持っているのはクローディアだ。」

オリバーの言葉と同時に部屋を飛び出したラルフにウォルトは茫然としてしまった。アンジェラは机の上に広がっていた菓子類の包みを片付け始めた。

「今日、クローディアが寝るのは此所でいい?」
「此所だろうな。ウォルト、いい所に気がついた。」
「またですか。」
「ああ。久々過ぎて、儂らは忘れかけてたよ。」

オリバーに頭を撫でられ、ウォルトは複雑な気分で廊下に視線を送った。
クローディアの基本は負けず嫌いで出来ている。普通に働く時には、活力の源としていいものだ。しかし、疲れ切っている時にその火が付くと、自分の身体が弱い事を忘れて、勝つ為だけに自分の命を簡単に投げ捨ててしまう。
数日まともに寝ないで動いていた彼女を、この場から追い出す事に皆が神経を逆立てている。皆の応対に渋々折れて、あえて触れなかったネタを持ったまま眠った。そんな状況は、まずあり得ない。
恐らく、先程の乱闘は出来ない自分に対する欲求不満が、周囲の人間に心配を掛ける様な形で爆発させたのだろう。クローディアの部屋は古いながらも防音設計している為、マシンの稼動音は漏れてこない。
廊下から響くラルフの声が止んだと思ったら、木材独特の乾いた音と金属類の騒音が響いてきた。崩れたマシンのボックスによって築かれたバリケードを、ドアごと叩き壊したらしい。修理代がかさむ事で二度と叩き壊したくないと言った人間が、それを壊す運命にある。
ラルフに戦闘スキルを仕込んだのが、彼女を平和な場所へ置きたがった男だからかもしれない。そんな感情までラルフは仕込まれていた。
今日の所はこれ以上の破壊等起こらないと思いつつ、ウォルトは廊下を指差した。

「俺、向こうに行ってきます。多分、オーナーがごね倒してるんだと思うんで。」
「そうしてくれ。あいつを担いだついでに、辺りに積んでる紙束から全部屋根裏に持って行け。」

休みなしで動き続ける人間なんぞいるか。全員が思っている事を言い捨て、オリバーは毛布を取りにクローゼットへ向かった。