piece2-2 Two goddesses

狭いバーカウンターに出されていた銀器類をアンジェラが片付けていると、誰かがドアを開いた。ドアを開けたのは背の高いブルネットヘアーの男だった。一見さんだったら此処を知った出所を聞かねばならないが、アンジェラも見知った人間だったので安堵した。安っぽいスーツを着ているが、ヘヴンズ・ドアのマフィアのアンダーボスで、なかなかに思慮深い男だ。

「今日はピアニスト出てくる?」

普段は普通の民家なのだが、オープン時にはドアに鋳金で作られた梟が貼り付けてあり、小さなタチアオイを銜えている。彼のお陰でまだ表看板下げてなかった事に気づいたものの、来客者はヘヴンズ・ドアにいるマフィアのコミッションに関する情報源なので、無下に追い返す事も出来ない。
それに、この男は女性の機嫌を損ねる様な人間ではないので、アンジェラはウイスキーの一杯ぐらいなら出してやろうかと考えていた。

「さっき居たんだけれど、今日は選曲が酷かったから終了。」
「それじゃあ、今日はご機嫌斜めってことか。」
「ええ、だから終わり。何か用事?」

ご機嫌斜めもいいところで、ついさっきまで人を殺しかねない曲を弾いていた。紅茶を飲みながら聞きたい古典音楽ならいいものを、弾いていたのはラルフを襲った奴等が来店した時に弾いた即興をアレンジしたものだ。その手の曲を弾き始めたら、彼女が爆発する前兆だ。ピアノを壊すか、来客者に暴言を吐くか、卒倒するか。
どれが起こっても嫌なので、ハラハラして何も出来ないウォルトに彼女好みのスイーツを買いに行かせ、轟々とピアノで文句をわめき散らす姫様を、出勤して早々の爺やに押し付け、奥の部屋に退散させ、彼女の壊れっぷりに驚いていた客を帰したところだった。
ご機嫌斜めの理由は分かっている。依頼される前に探していた情報ソースが見つからず、中央府の情報データベース等に無茶なアクセスをしたり、わざわざ引き篭もりのハッカーの元へ足を運んだ後だからだろう。
何かに傾倒しすぎた人間は、傾倒しすぎて他のモノとのコミュニケーション能力を欠いている者が多い。彼女の尋ねた男もその部類で、別に襲い掛かられはしなかったろうが、そこそこにセクハラ紛いの内容を言われ倒したに違いない。そんな時に、軽快なステップを踏めるジャズを弾ける程、クローディアは大人にはなっていなかった。

「まぁね。フランクからの伝言、アンジーからピアニストに伝えてくれる?」
「御免ね。うちのピアニストは他人の伝達ほど信用しないの。また次にしてよ。開店日はローランドに連絡しておくから。」
「なんだよ。今日はアンジーまで愛想が悪いのな。」

しまった。愛想が無かったか。
喧嘩上等で生きているアンジェラでも、ここに立っている間は商売人気質を演じているが故、そう思ってしまうと必要の無い愛想まで押し付けたくなる。

「ごめんなさい。お姫様のご機嫌が良い日にでも、仕事明けに向こう隣のホテルまでご一緒するわ。」

女とホテルに行っても何も出来やしない。
彼は俗に言う性機能障害で、この街にいる女では欲情しないという。
とりあえず話して楽しい奴となら、朝から飲み倒してホテルのワイン蔵を空にしてみたい。アンジェラの思いつきが通じたのかは分からないものの、向こうも愉快に感じたらしく微笑んだ。
その返答する前に、彼の後ろから憤怒の声が響く。紙袋と看板を抱え、ウォルトが殴り倒さんばかりの顔で男を睨んでいた。
「すみません。どいてもらえませんか?」
「お、すまん。」

アンジェラが余分の愛想を出してしまう場面になると、絶対ウォルトが現れる。そしてアンジェラのお愛想に、横槍をばっちり入れてくる。傍で見ていれば、彼の心情がだだもれ過ぎて滑稽な事この上無い。
脳ミソにそういう電波を受信するアンテナを仕込んでるんじゃないかと、クローディアは笑いの種にしていた。
お陰でアンジェラのホテルのワインを飲み尽くす野望は、来客者がウォルトを温かい目で見守りつつ、会釈で去っていく事によりキャンセルされた。
「ありがとうございましたっ。」
乱暴に荷物をカウンターに置くと、ウォルトはそのまま壊しそうな勢いでドアを閉めた。
頼んだ物が直ぐに買えるジャンク系スイーツだから良かったものの、パティスリーで買ってくるケーキだったら跡形も無く崩れ去っている。とりあえず桃のスティックキャンディを取り出してみたら、真ん中から折れていた。他のも折れているだろうが、食べるに困る程の折れ方では無い。
アンジェラは折れていた欠片を口の中に放り込んだ。当たり前に桃の香りと、分かり易い単純な甘さが口の中に広がっていく。

「応対が投げやりだったじゃん。何怒ってんの?」
「別に怒ってません。」
「リップサービスが調子乗っていた?」
「ええ、そうです!女のプライドまで切り売りするなってマスターに言われてるでしょ!」
「あんたの解釈とオリバーの解釈は違うと思うんだけど。お愛想も分かんないなんて。それに、行ったとしてもふっつーにホテルで飲み倒すだけよ。」
「それを切り売りって言うんです!」
「絶対違うと思うけどなぁ......っつか、毎回こういう場面で、ウォルトは止めに入ってくるね。何で?」
「偶然見るだけです。」

偶然。そう言う時の声に微妙に力が入っていたのが可愛くて、昔の自分を思い出して笑ってしまった。
辛い物が好きなアンジェラだが、クローディアの好きなキャンディも、ウォルトのクソ真面目さも純粋で大好きだ。昔はそれが良かったけれど、今はそれだけでは納得できない。キャンディの平面的な甘さだけでなく、カクテルの様に甘い中に苦味を隠しておかないと納得できない年になってしまった。隠れた苦味が、見える世界を面白くさせる。その魅力にとり憑かれて、見つける度に絶頂の気分を感じてしまう。
目の前にいる甘ったるいばかりで直球勝負の彼にも、多少の苦味を加えれば魅力的になるだろう。それが何年先になるのかは知らないけれど。

「全部丸分かりなウォルトがあたしは大好きよ。」

動揺したウォルトの熱く言い返す様が可愛くて、アンジェラはまた笑ってしまった。


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「で、何曲弾いた?」

ネオンのお陰で真夜中でも明るいのに、この部屋は光の侵入を拒むカーテンで薄暗く、時間通りの闇が降りていた。
丸いティーポットと、真っ白なティーカップ。それを傾ける人間の腕。イブニングドレス姿でうつつにソファーに転がる女。それだけが切り抜かれた様に白く浮上って見える。

「姦しいのを五曲。それを真面に聞く奴がいなくて良かった。真面に聞けば、こっちの疲れを聞いた奴に移したかもね。アンジーが戻って来なけりゃ、誰かが吐くまで弾いてたわ。」
「それでいいのか?」
「いいんだ。あの人達はピアノ聞きに来たんじゃなくて、情報を買いに来たんだ。皆のエゴイズム受け取る代わりに、私もエゴイストになってやる。」
「お前らしいな。我が儘で人嫌いのお姫様。」
「その呼び方、腹が立つから止めて。」
「別に構わんだろ。俺にとってはお前もマリアも少々じゃじゃ馬の過ぎるお姫様みたいなもんだ。」
「だからお姫様じゃない!母さんと私を一緒にしないで!」
「ああ、分かっているよ。分かっているとも。」

皺だらけの手が女の前にティーカップを置いた。脇にはガラス容器にドライフルーツが置かれ、ハーブと甘い香りが漂う。
彼にとってのお嬢様は、まだ呼び方に不満を持っているのか、ソファーのカウチに凭れながらぶつぶつ文句を呟いていた。しかし、起き上がって怒鳴りつける体力は残っていない。鍵盤に触れると絶頂の気分になるまで弾く癖が直らず、体力の乏しい彼女は店に出る度に毎度力尽きていた。
彼女の両親と同じ時間を過ごした独り者のオリバーにとっては、何でも全力でやろうとする姿も、勝手な我儘を言う様も、ただただ可愛いばかりで、娘か孫を見ている気分だった。

「クローディア、今は外で見せる仮面を外せ。商売用のカラーコンタクトも外しとけ。文句をたれてる間に折角のお茶が冷めちまう。」
「うん。」
「あと、飲む前に服は着替えろ。皺が付く。」
「もう皺だらけだよ。オリバーみたいに。」
「お前達が無鉄砲な事をしないで安心させてくれれば、儂の皺も綺麗に無くなるさ。身体が弱い癖に無茶ばかりしやがって。こっちはゆっくりとバカンスも出来ん。」

こう言われると、クローディアは我が儘も文句も言えない。
共に笑う仲間と人生の半分。神様の気紛れによって、彼はそれを根こそぎ奪われた事を知っていた。オリバーに残っているのは仲間と生きた記憶、そしてホリーホックの表看板を切り盛りする体力のみ。その辺のゴロツキより動けると言っても、戦う為の力は老いによって全盛期から格段に衰えている。
その彼が、生きてきた場所を自分達に譲り、尚且つ自分達が最後まで立派に走り切る事を願っている。分かりやすい老兵の引き際だった。
簡単に嘘つく人間なら嫌いになれたのに。そんな事を考えながら、のそのそと体を起こした。
クローディアは簡単に嘘を付く奴が大嫌いだ。真面に我儘気ままをぶつける事が出来るのは、オリバーは嘘を吐く性分ではないのが分かっているから。しかし、こんな時に彼の願いを言われてしまうと、我が儘をぶつけている方の見苦しさが際立っていく。そんな自分の姿が一番大嫌いだった。

「毎度心配かけてすいません。」
「おう、明日も頑張れ。とっとと着替えて、今日はちゃんと寝てくれ。」
「はいな。」

クローディアはよれよれと起き上がり自分の部屋へ向かった。
それを見送るとオリバーは自分のカップにもハーブティーを入れた。ブレンドは適当だが、クローディアはその適当なものを気に入っている。カモミール等は知り合いからの貰い物だ。しかし、ローズマリーだけは彼が屋上で育てている。栽培の知識が無くても育てられると、市場の露店で買ってきたものを気ままに育て、聞きかじりでドライハーブにしたものだった。好き嫌いの多いクローディアが気に入っているので、彼女の舌にとって間違ったものではないらしい。
お茶受け代わりに彼女の残していった依頼を纏めたメモを眺める。依頼する奴等の自尊心は見事消え去っているのか、浮気調査やストーキングにはトチ狂った値段を付けていた。借金返済滞納者の調査が、まだ真面目に思えるこの商売。
クローディアはそれを楽しんでいるものの、彼女の両親は黄泉の向こうで肝をつぶしている筈だ。同じ場所を歩かないで欲しいと、彼女を親に預けて育てて貰っていた位なので、オリバーには大騒ぎする彼女の父親の姿が目に浮かんだ。

「オリバー、暗いと読み辛いでしょ。」
「ん......ああ、ありがとう。」

照明のスイッチでモノクロームだった周りが一気に色を持った。
クローディアは着慣れた青いギンガムのチュニックと、濃い色の掛かった眼鏡を掛けて戻って来た。先程は色も分からない位に暗かったが、瞳の色は藍色がかった紫に戻っている。そのまま布張りソファーに座ると、気の抜けた顔でのんびりとお茶を啜り始めた。その調子でドライマンゴーをかじり、至極幸せそうな顔をしていた。
店では酒と肴を出すけれど、彼女が好むのはお茶と甘いお菓子。それが自分の目に合った暗い場所で、気の抜ける相手が居れば文句は無い。

「満足か?」
「うん、満足。今なら何でもできるよ。」
「そう言えばあの二人に渡した一件、関連したものが少し出たって言ってたな。」
「見る?程々に元気出たから取って来る。」
「急いで廊下は走るなよ。お前はすぐ転ぶか...」

オリバーが注意をかける間にクローディアは部屋から飛び出していった。そして間を置かず、けたたましい音と性別をかなぐり捨てた叫び声が聞こえる。
クローディアも外面は完璧を装っていても、その仮面を外せば只の馬鹿。二進法で構成された世界の言葉、五線譜と鍵盤で綴る八十八の音以外は恐ろしい程そそっかしい。
至って普通の顔をして戻ってきたものの、したたかに打ち付けたのか腰をさすりながらソファーに座った。

「やっぱりな。」
「オリバーがラルフみたいなこと言ったからだ。絶対そうだ。」

クローディアはオリバーに持っていた紙束を投なげやりに放り投げた。
この依頼を受けた時、最初に出て来た名前は一人だけだった。

ショー・F・イスミ

只の医者。だがここにいる人々には、その名前に覚えがあった。
一昨年前に依頼を受けた対象者で、その依頼者が今現在、連続殺人事件の最重要参考人になり、よく情報交換をする警察官が事件の指揮担当をしていている。
彼の読みは患者への怨恨。もしくは快楽殺人。踏み込んだ内容は個人情報保護を掲げられ、聞き込みでも真面な受け答えをする証言者がおらず、行き詰まった捜査で出した苦肉の見解だった。
こちらはクローディアの父親が残していたそれに関する情報を少しばかり持っていた。

ソフィー・ヴィンセント
グレゴリー・ロズウェル

この二人の名前と彼の専門分野のスキルデータだけで、後は家族とその頃の生活状態のみ。雀の涙よりも少ない上に、謎が謎を呼ぶものしか残っていなかった。
その二人の名前と彼を繋ぐのは一つのシュラインだった。
シュラインを立証する術を模索していた理工学系の研究者・グレゴリーが、女性将校・ソフィーの持っていた刀はシュラインだと宣い、実証する為にその刀を研究していた。そして彼の友人であるショーはグレゴリーの友人で、その研究レポートのサポートをしていた。
十数年前に政府黙認で行われていた非公式なプロジェクトで、彼らの研究結果は残る事無く、研究の最中にグレゴリーが変死した事でプロジェクトは停止を余儀なくされた。彼が研究のためにと集めたプロジェクトチームは解体され、ショーと数人のサポーター以外は名前すら不明のまま生存した記録まで非公開とされている。彼らの情報は未だ厳重な機密処理が施され、調べようものなら膨大なリスクを伴ってくる。
全てのカードを揃えないと捉える場所が見えない。そんな案件を頼まれてから、クローディアにストレスがたまり、ラルフは無駄にじゃれつかれ、ウォルトが派手に八つ当たりを受けていた。
クローディアが持って来たのは、グレゴリーが所属していた施設での施設使用簿冊類だった。施設のアナログ情報がデジタル化されていたらしい。彼の死亡後、使っていたのは政府関係の公共団体に切り替えられている。メモでその団体の沿革が留められていた。イデア・プログラムの参画になっている。これで彼女の推論が証明された。

「あそこのデータベース、プロテクトしっかりしている癖に、こんなものしか入れて無いし。財政補助のかかった法人だからって無駄遣いもいいところだわ。そのシステム動かすだけの基板をこっちに寄越せっつの。」
「俺に文句をぶちまけるより、向こうに言ってやれ。」
「文句言ったって、どうせ謝るだけ謝って終わらせるだけでしょ。それにこの程度の事は知ってるだろうから、あのクソ真面目には教えてやんない。」

クローディアは徹夜で消えていったビタミン補給だと、ウサギの如くドライフルーツを噛み、ハーブティーをカップに注いだ。
オリバーは書面をまじまじと見ながら、これの確証を出せなかった警察を哀れに思い、予想通り過ぎる事件背景の展開に驚いていた。

「この名前、お前は並ぶのが分かっていたのか?」
「何となく。政治記者や中央府のシステムウォッチする奴等の間じゃ、未だに考察と憶測呼んでた話題だったって。父さんもそれでチェックしてたんでしょ。んでも、出てくる駒が大体分かったら、オリバーの方が終盤の調子まで当てられるんじゃない?」
「俺はそこまで考えない。俺が考えるのはこの件に何処まで関わるかだ。」
「嘘つき。チェスの好きな人がこんな面白いゲーム見たら、何も考えない訳がない。」

クローディアの正鵠を射る指摘に、オリバーはティーカップを傾けながら笑みを浮かべた。その顔を見てクローディアもにやりと笑む。
ヘヴンズ・ドアで起こる殺人事件の盤面が二十五マスとすれば、この事件は六十四マスを超えてくる。そこに、行動パターンの読めぬ駒が乗っている。参加するには自らも駒となり、目隠しでゲームを進行させる事が条件だ。
好む戦略も戦術の型も違うが、根っからの勝負好き故、この事件を知った時に内輪の中でこの二人が一番興奮していた。
但し二人とも参加は不可能。クローディアは制限時間を持っていても行動範囲は恐ろしく狭く、相手の駒を取る力を持っていない。オリバーは程々に行動範囲と力を持っていても、持ち時間が全く無いので、恐ろしい速さでゲームを進めねばならない。
参加しない替わりに、クローディアはゲームに参加する駒の数を増やした。オリバーは盤面の進行具合を計り、ただ事の成り行きを静観していた。
遠目に見る対岸の大火事は、派手な打ち上げ花火よりも美しい。それが残酷な人の性だ。

「しかし、お前みたいな人選はせんぞ。」
「うん、そう思う。オリバーは平和主義だもん。ある程度、無難な手で片付けようとするね。」
「じゃあお前は彼奴等を何で選んだ?勘だけで選んだんじゃ無いだろ。」
「勿論。私が好きなアレグロにしてやろうと思って。」

クローディアは持っていたドライマンゴーで指揮をとり始めた。

「だってメインパートが全部の事を泥みたいなシンコペーションで進めてる。聞いていると鬱陶しくてイライラする。そこで火が付いたら物凄いテンポ刻むチェロと、馬鹿みたいにすっ飛ばしてくれるサックスを入れてみたら、ジャズセッションみたく膨らむと思ったのよ。向こうが合わせなくても、パートで嫌でも引っ張られる。」
「ハイテンポに刻みすぎてチェロの胴体が壊れたら?」

「壊れたら『それまで』の楽器。あのクソみたいな造り手が捨てた楽器なんだから、その思惑を超えてくれなきゃ。じゃないと、見つけて買ってきたラルフの目を疑う。疲れる作業やって、折角新しい名前も付けたのにさ。」
それは駒としてなのか、楽器としてなのか。
新しい参加者が楽器にされ、人が死んでいく事件をさながらオーケストラの演奏の様子で話している間に、外注で出張を余儀なくされていた店長が、やっと帰還してドアを開けた。そのままクローディアの横に座ると、彼女の膝にオレンジのコンフィチュール、グレープフルーツピールの砂糖漬けをひとつずつ置く。

「これでとっとと寝ろ。目の下のクマが暴れてるぞ。」
「噂をすれば影だ。久々のおみやだ。やったー。」

ハーブティーの入っていたポットほぼ空になっている。ラルフが相手にしていれば、クローディアも大人しく寝るだろう。
ラルフの言葉を無視して膝に置かれたスイーツを掲げて喜ぶ姿を横目に、オリバーは席を立ってキッチンへ向かう。

「どうせ悪い事しか言ってなかったろ。」
「うん。ラルフは節穴の目をお持ちですねって。」
「こっちもウォルトからお前の文句を預かってる。使わなくなったマシンの山を築いてる部屋に、人の通れる道を作って欲しいんだと。」
「相変わらず細かい子だなぁ。今後掃除でも私の部屋には入って来るなって言っといて。あの部屋の半分は私のワークステーションの為にあるんだ。」
「お前が俺の部屋にまで使わなくなったマシンのボックスや譜面を積まなくなって、俺のベットをレンタルしなくなったら言ってやる。」
「意地悪。ケチンボ。減るもんじゃなし。ラルフが寝ていても、隙間が空いていたら潜って寝るぐらいいいでしょ。」
「お前、俺が性別・牡だって判ってるのか?」
「判ってるよ。私を襲う様な馬鹿な事をしないのも知ってる。私を女にしたら、地獄にいる父さんに呪われると思ってるのも判るわ。ああ、阿呆らし。」

更に文句を言いそうなタイミングで、先程渡した瓶を、クローディアの手から取り上げた。そのまま彼女の手が届かない高さまで持ち上げてしまう。
背の高さと手の長さで絶対届かないと分かっていても、クローディアはソファーから飛び上がり、ラルフのシャツを引き摺る。直ぐ傍にあったクッションで叩いても動じる事が無い。そんな事をする間にばててしまう体力の無さを、クローディアは恨めしく思った。

「自分のベッドで寝ないなら、これは俺が食べる。」
「駄目!やだ!私の!」
「返して欲しいなら言う事あるだろ。」
「......これからは自分の部屋で寝ます。」
「よし。」

土産を手渡され、頭を撫でられた辺りで、クローディアの我慢が限界に達した。
ラルフの腹をクッションで叩き、その調子で膝を蹴りあげる。くたびれた姿勢でふらついた所為か、弁慶の泣き所を踏み付ける形になってしまい、ラルフは軽く蹲った。

「これで勝ったと思うなよ!」

いつも通りの捨て台詞を吐き、よれよれと部屋を飛び出して行った。
次もすぐにやってくる。そしてクローディアが負ける。昔から繰り返されるお馴染みの光景を見送りつつ、オリバーは持って来たリキュールのグラスを机に置いた。
アンジェラから気落ちしていると聞いていたが、あそこまで暴れてくれるとは思っていなかったらしく、ラルフは脛をさすりつつ残ったドライフルーツを手に取った。

「アンジーが気を回さなくても、あれだけやるなら元気だろ。」
「いや、回してくれて正解だった。あれだけ元気になってたら、明日は普通に笑ってる。」
「そうだな。」
「ほら。貰い物のウォッカだったが、そこそこいい出来だ。」

オリバーがリキュールのグラスを渡すのを見計らった様に、クローディアの部屋から山崩れの騒音と、本日二度目の絶叫が響いた。
秩序を持って積み上げた山を崩したくない願望から、ここのソファーか屋根裏のラルフのベッドに潜り込むのも遠くは無い。

「しかし、お前等の間には本当に何もないのか。」
「無い。どうせあいつの性欲は、征服欲と探究心に合体してるんだろ。」
「......とりあえず、飲め。」