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誇りを守るために戦うべきか。人形のように意思を持たずにいるべきか。
生きるも死ぬも全ては自分の選択次第。
ヨリにとって小さな朗報の訪れがその運命を分けた。

「ほら。知ってるならさっさとてめぇのご主人様の行きそうな場所言えよ。」
「俺らが何してる人なのかぐらいは分かってるんだろ?」

ヨリの元へ唐突に訪れた男達は、これだけしか言わなかった。
何回も繰り返し聞かれて、ヨリには『ご主人様』とは誰の事なのか大凡の察しが付いていた。
ここに来る時、入国監理局に先生がヨリの保護者として書類を書いていた。そこから【先生=『ご主人様』】が由来しているのだろう。
だが、何があって先生を探しているのか二人とも全く口にしない。しかも話を聞く間に一人はずっと煙草をふかし、もう一人は反抗的なヨリと話す事すら疎ましげに痰唾を掃き捨てる。
国家の権力を笠に着て、目の前にいる人間の意思を無視した対話など、誰しも不愉快に感じる。
ヨリの目の前にいる男二人に至っては、威圧感を出しておけば相手が簡単に口を開くと思っているらしい。
ヨリにとっては、その姿勢が不愉快そのものだった。イデアだった事が分かる度に、人として扱われなくなる立場だからこそ、思慮を欠いた行為に過敏に反応してしまう。
そして。ヨリはその腹ただしさを不躾な質問に口を閉ざす事で晴らしていた。


ご主人様なんて知りません。
ここにいたのは先生とヒナと私だけだと言う事ぐらい知ってるんでしょう?
人に物を訪ねるなら、人形紛いにも礼儀を弁えて話し掛けて。


普通に話の出来る奴だと思ってくれるなら、文句は成立する。しかし、この二人はヨリの聞きたい事など口にしたりはしないだろう。
すべての疑問を問う代わりに、当り障りの無い言葉を並べる。

「私は先生の居場所も知らなければ、行きそうな場所も知りません。お帰りください。」

言うと同時にヨリは頭をつかまれ、壁に押しつけられた。瞬間の衝撃で息が出来ず、声も出なくなる。
軽い暴力に訴えようとも、知らない事は知らない。役に立つ物は何も出てきやしないと睨みつけると、掴む場所を髪に持ち替え、頬に平手を打ちつけた。
目の前で平手打ちをする自称・公僕の男は、こういう下賤な行為を好んでいた。腕の力を強めて楽しげに笑い、頬をぺちぺちと馬鹿にするように叩き始める。報復とばかりに無駄に威圧する姿は、男としての品位を下げるとは考えていない。

「ほーら。さっさと言っとけ。でないと、俺もあいつも我慢の限界が来ちまうぞ。」
「私は...」

我慢の限界が来るのは、暴力刑事よりもヨリの方が早かった。
意識がヨリの言葉を意識する間に、頭を掴んでいた不躾な腕の関節を狙って拳を振り上げる。姿勢が崩れると同時に男の鳩尾に思いり膝を打ち込んだ。そして一瞬の事に動揺を見せたもう一人の刑事には、勢いのいい踏み切りで脳天めがけて足を振上げた。
アパートの廊下にヒキガエルのような声と鈍い振動が響き渡る。
うめく暴力主義の刑事二人を横目に見捨てて、ヨリは自分の部屋に駆け戻り、ソファーの裏に縛り付けていた細長い筒状の袋と写真立ての写真を手に取って、勢い良く部屋の窓ガラスを叩き割った。
甲高い無機質なガラスの音を聞いて、ヨリは先生の言っていた事を思い出す。
理由の無い暴力は非道な事だが、理由ある暴力も非道な事に変わりはない。

「ごめんなさい。」

不躾な公僕と割れたガラスに形ばかりの詫びを残してヨリは窓から飛び降りた。


***********************


固い木の椅子が肉に食い込むようにワイヤーを巻かれ、どす黒い血を膝に滴らせていた。
その机の向こうに座っている男は持っている万年筆をクルクルと回し、指遊びに宙へ飛ばしている。命乞いじみた言葉をリズムにして。

「何もしてない。儲かりそうな話に乗っただけ。ポーカーで有り金全て擦った分を取り返す為。......それで、誰からその情報を貰ったんだ?」

その指遊びと同じ調子で男の言葉は続いていく。縛られた男の心を読みあげるように。


情報収集ぐらいなら俺にもできる気がした。
教えてくれたのは昨日一緒にポーカーをしていた若い男。
誰かは知らない。
負け続けの時にいくらか金を回してくれた奴だ。
その分の金を返す代わりに報酬額がそこそこある仕事をくれた。
それ以外にもそいつには借りがあったから、その話に乗ることにした。
報酬額はそいつへの借金を帳消しにして、擦った分の俺の金も戻ってくる。
その上、軽く遊ぶだけの余裕が出る位の額。
その時の借りを返すのには丁度いいと思った。
男が言ってたのは子供を一人見つける事。
話を聞けば家無しの子供。化け犬事件の犯人らしい。
その子供を見つけたらポーカーをやっているパブに連絡を残すだけ。
それだけで金が手に入る。
たかが家無し。
頼まれた仕事で、普通にやるにしても楽なもの。
喧嘩が得意なバズも一緒に手伝うと言ってくれたので大丈夫だと思った。
うまくいけば一儲けできる。
そんな事を考えて動いていた。


さっきヘヴンズ・ドアの裏通りで、何か知ってそうな男二人見つけた。
探り入れようとした。
それが自分達二人とも動けなくなった。
眼鏡の男がいつの間にか自分達の顔を掴んでいた。その途端に動けなくなった。
喋る事ができない、手も足も動かない。
何がなんだか分かんなかった。
そうしている間にバズが金髪の髭にふっ飛ばされて、気がつけば俺は眼鏡の男にやられていた。
そのまま気を失った。
何故俺はこんなところにいるんだ。
何故椅子に縛られてるんだ。


「どうしてだ...、か。俺にそこまで答える義務は無い。」

酷く冷めた言葉は椅子に座り、拘束された男に向けられていた。黒い空洞のような瞳がそこに拘束された男を映している。
男の中に蠢くのは身体を軋む痛覚と溢れてくる恐怖心だけだった。暗闇はまるで鏡のように現実を映し出す。
痛みと恐怖に取り憑かれた頭の中で、誰にも聞こえない叫び声を挙げ続けていく。

何故だ
何故だ
何故だ

何故こんな事になったんだ
この男を俺は知っている
俺の首ぐらい何時でも落とす化け物だ
それ位やる奴だって俺でも知ってる
どうしてこんな事になったんだ

そんな男の口からは淡々と自分の知る情報を語り続けるのみ。男の意思とは無関係に感情は隠されて、向かい側に座る男が男の記憶を、言葉を紡いでいく。
考えている事など分かっていると言いたげに、冷めた低い声が耳元で響いた。遠い向こうに座っているのに何故か囁くように届く。

「どうしてなのか考える前に選べ。このまま椅子に縛られているのか、追いかけていた子供について知っている情報を全て吐き出すか。...どうする?」

分からない
わからない
ワカラナイ

俺はまだ死にたくない。
しぬのはいやだ......。


***********************


「人の頼んだ仕事に俺まで巻き込むな。」

ノックをすることもなく扉が開け放たれ、事務室に入って来た白金髪の男はソファーに座り、溜息と愚痴を零した。
黒い瞳に浅黒い肌。着慣れた雰囲気を漂わせるダークグレーのスーツは、醸し出す雰囲気に合って様になっている。それに対して脱色した白金色の髪と、右耳に留められた大量のピアスは服装とは相反する装飾だった。
だが、そのちぐはぐな組み合わせは彼なりのこだわりがあった。男の憮然とした態度は人の前でも変わる事はなく、軽いあくびをしていた。

「別にいいだろ。頼んだのはお前の愛人だ。雇われの腐れ店長の癖に文句言える立場かよ。」
「お前に頼まれると言うのが嫌なんだ。お前の頼み事にはいつもろくな事が無い。」
「うーわー。肝のちっせぇ発言が出た。そんな腐った臭いを振りまいてたら、クローディアが拗ねるぞ。強欲まみれな我が儘言うぞ。相手してられなくなるぞ。」

そんな一息ついた店長に対して、情け容赦ない罵詈造言をアルトは浴びせ続けた。
アルトが腐れ店長と呼んだ黒スーツの男―ラルフはアルトの文句を聞きながら、天井を仰いで再び欠伸をする。
腐れ店長と呼ばれるほどラルフは腐っていない。寧ろアンダーグラウンドの人間ならば、彼の歩んできた軌跡で有名人だった。だが、その一人歩きする名前からの有名税で、気分が腐る程の諍いに巻き込まれている。
有名でいるのも楽ではない。その身を以って表していた。そういう意味ではアルトの戯言もあながち嘘ではない。
腐れ店長呼ばわりされた白金髪の男が動いたのかは分からない。
ただ、アルトが喋り終わるのと同時に、何処からともなくガラス製の馬鹿でかい灰皿がアルトに向かって飛んできた。新種のフリスビーのように投げられたガラスの塊は、アルトの前頭骨ど真ん中めがけて振り下ろされた。
だが、重量感溢れたフリスビーはアルトの右手によって、目標到達の手前で受け止められた。
受け止めた灰皿を奪い取り、煙草の灰を落としながら楽しげに笑みを浮かべていた。

「相変わらず不毛な愛が溢れてる。クソ餓鬼、強欲女と店長に忠義を立てるの巻ってか。」
「報われない愛と心情を通し続けているお前にクソ餓鬼呼ばわりされる覚えは無い。用が済んだらとっとと帰れ。」

灰皿を投げたのは、事務室の扉の前に立っていた黒人のウエイターだった。濃く黒い肌、そして耳に付けられた銀色に輝く大量のピアスとイヤーカフス。その憧れめいた格好はラルフに酷似している。
彼は投げつけた灰皿を奪い取ると、口も達者なアルトを睨みつける。
そんなウォルトの態度すら、アルトは面白いものでも見るように見上げていた。ぞんざいな扱いにアルトはわざとらしく涙を零す仕草を見せて、演技臭く頬に手を添えた。過剰な演出をしつつ、小馬鹿にした笑みを浮かべ、さめざめと悲しい口調で哀れな嘆きを語り出した。

「そんな鬱憤晴らし籠った物言いで、ウォルトがラルフの補佐だとは思えないわ。あまりの態度に涙が出ちゃう。ねぇ、この調子でこの子大丈夫かしら。このままだったらオリバーかアンジェラがぶちギレて、眉間に穴開けちゃうかもしれないわよ。」

微妙に言葉遣いがおかしい。傍観者二人共、ウォルトからその演技で鬱陶しがられていると言う気は無い。
ジンは我関せずの態度で眼鏡を起こし、ラルフは座る足を組みなおして遠くを見つめている。言えばその妙な絡みの対象が自分に変わると言うことが経験で分かっていた。
絡まれ続ける立場のウォルトは溜め息を吐いた。
誰の目にも浮かんでいたのはたった一つの文句のみ。

『戦力としていると心強い。それなのに、何故こうもテンションが高いままなんだ』

人は何らかの競争があれば、緊張を高めて感覚を研ぎ澄ます。自らの存在範囲を広げる為に。
アルトの場合は感覚を研ぎ澄ますと同時に、違う意味での『戦闘本能』が高まってしまうらしく、どんな小さな戯れ事でも何らかの戦闘が絡むと、気分が高揚した状態が止まらない。
絡み酒ならぬ、絡み喧嘩。それがアルトの悪い癖だった。違う事で気を逸らされない限り、いつも以上に他人に絡む。絡む。しつこい位に絡み倒す。
まるでまだ動き足りないと訴えるように、妙な高揚感のままに動き回り続ける。止めるにしても戒める相手がアルト好みの美しい女性か、誰かからの容赦無い鉄拳が出てくるまでこの勢いは止まらない。
そんな呆れた悪癖のお陰で、今のアルトを止める事はここにいる面々では出来そうもない。男しかいない上に、相手をすれば体力も精神力も削られるのが目に見えている。
誰かこの馬鹿を止めてくれやしないだろうか。
出来ることと言えば、それぞれに小さな憂いを心の端でポツリと呟く位。三人三様に天を仰ぐだけだった。

「まぁ、皆様無言の反抗期?そんなちっさい抵抗なんてここの強欲守銭奴のババァ共......」

三人の小さな心の声が神に届いたのか。アルトが『強欲』と口走ると同時に、彼の背後から黒いハイヒールの踵が落ちた。
灰皿に続いての地味な攻撃も、アルトは難なく受け止めた。しかし、踵の主は更に上からシュガーポットいっぱいのグラニュー糖をアルトの頭上へ振り落とす。
アルトの頭から舞台に舞う白雪のようにサラサラと砂糖が零れ落ちていった。

「あーらら。砂糖が勿体ねぇ。......皆が反抗期なら、お前は軽快なバイオレンスか。砂糖をふっかけるのは何の冗談だ。」

変にテンションは上がれども、誰かから砂糖の雪を降らされる位の予想はしていたらしい。
踵の主のお陰でアルトの妙な演技はどこかに消えてしまった。首を振り、砂糖の雪を床へ降らしながらアルトは気怠げに掴んだ足をずらす。
そして落とされたシュガーポットの蓋を拾いあげ、背後に立っている人間に向かってわざとらしい溜め息をつく。
アルト背後に立っていたのはバーテンダーの格好をした女性だった。
しわ一つ無い白いシャツやぴっちりとした服の着こなしは仕事への真摯な雰囲気を漂わせている。彼女を見る限りではバーテンダーと言うよりも、ホステスと呼んだほうが正しいのかもしれない。
さり気なく光るターコイズのピアスは、身に付けている服装と相俟って凛とした雰囲気を漂わせ、結われた髪は緩やかに頬へ掛かり、ほのかな色気を漂わせている。もてなしを受ける男性客が喜びそうな姿をしていた。
色気溢れたバーメイドは再び踵やシュガーポット等を降り下ろしはしなかったが、トレイに乗せたコーヒーをジンとラルフの前に置き、丁寧な文句をつらつらと並べ立てていった。

「冗談じゃなく自己防衛。恐ろしく可愛いオーナーと、うちのチームの弁護込みよ。あと、お前呼ばわり止めてくれる?」
「よし。お前のことはホリーホックの客が言ってるみたいに『カウンターの天使』とでも呼んでおく。年増の酔いどれ天使、俺にもコーヒー寄越せ。さっさと出さなきゃここでその仕事着剥くぞ。」

三人の男の憂いだ顔を見ると彼女は呆れた溜め息を吐き、ゆるりとアルトの首筋を撫でた。仕事慣れで付いた知恵か、はたまた持って生まれた機転か。アルトの耳元にそっと囁く。

「女は二十歳を過ぎたら年を取らないの。そして、若さを保つために戦ってるのよ。それ位の事は分かっておいて。あと、コーヒーが欲しいなら、まずは給仕している私の事を礼儀正しく名前を呼んでからご注文頂けるかしら。」

アルトの耳元へ媚惑的な声を降らせる様はどこまでも営業的に作られた顔。
接客的セックスアピールを期待するのは客の性であり男の性だ。懐柔されたネコの様にじゃれつく。

「腹の立つ客のあしらい方、ちゃんと判ってるじゃん。アンジェラ、俺にもコーヒーくれよ。」

にっこりと笑うアルトを見下ろし、アンジェラは手に持ったコーヒーを啜り始めた。

「あんたへ出すコーヒーなんざ持って無い。そんなに欲しいなら、この間馬鹿呑みした分を綺麗に清算してから、土下座して頼むのね。」
「うわー。汚ねぇ。商売根性ババ色のクソババアじゃねぇか。」
「ええ。元から腹も性根も真っ黒いババアですから。アハハハハハハハ」

先程の綺麗な中高音とは比較にならないドスの利いた声で言い放った。この姿が本性なのか。それともこれが演技なのか。
どちらとも取りようが無いままに勝負はこれにて決着。肝の据わった女優の圧勝でアルトの小喜劇は終幕を迎えた。
ぶちぶちと負け犬の愚痴を零すアルトをのんびりと眺めつつ、ジンはソファーにもたれているラルフに話を切り出した。

「で、あの男はどんな事を吐いたんだ。」
「アレに依頼した大元は軍の公安関係者だったみたいだな。こっちには未確認の情報まで依頼者から貰っていた。」
「ならあの男、そこの守銭奴ババアから更にボコボコにされるだろうな。」
アルトに三度、アンジェラからの鉄拳制裁が下った。その様を横目で見つつ、ラルフは話を続けていく。
「まぁあの男のお陰でクローディアの勘が当たってそうだ。ソフィー・ヴィンセント......こいつの名前をジンなら覚えてるだろう。」
「ソフィー・ヴィンセント......フォールヒル内乱で反政府側に荷担した元・中佐。『シュライン』保持者と言う事で五年前に指名手配になっている。」
「正解。本人は内乱時に死亡が伝えられているものの、未確認のまま。そして彼女が所有していた刀剣の『シュライン』は行方知れず。あの捨て駒からの情報だから確証はない。それでもあの馬鹿に頼んだ男の話を辿りに、クローディアが情報漁れば嫌でもその名前が出てくる。」
「関連性の無さそうな今回の件から、どうしてその名前が?」
「彼女の死を報告したのが、依頼した事件にいた被害者の父親。そして重要参考人のイデアの保護者。そんな人間が三年前の捕捉から、軍も警察も居場所を確認出来ていない状態ならどうする。」
「...だから他でも必死で探してる訳か。」
「奴が知っていたのはほんの一端だったが、元・リーダーの残したデータからもクローディアが見つけてくれた。イデアだけでなく俺やお前と同じ人間がこの凶行にいるかも知れんとなったら、元を断たない限り何も止まらない。」

夢で告げられた言葉はこの事を指していたのか。あまりの状況の芳しくなさにジンは天を仰いだ。
イデアが凶器の如く動き回れる人形ならば、『シュライン』は神の代行者。両方が出てくれば事件性は危険度を増していくばかりだった。
まず、『シュライン』の意味を説くにはこの国の歴史について振り返らねばならない。
この世はおよそ百年前に兵器の暴走によって時代をリセットしている。
その理由は知れたこと。宗教と理念の違いからの国対国の争いが広がって、ほんの少しの兵器が人類の半分以上を削ってしまった。残ったのは広範囲を覆うシェルターで、我の張り合いから逃れることの出来た人々のみ。
自然の淘汰。そう言うと聞こえはいいが、シェルターの外は荒廃した世界。外に出れば高濃度の放射線被曝。まともに外に出る事は叶わず、現状を維持する機能を持たない期間を過ごさねばならなかった。
その為に安全確保が第一となり、出来る事と言えば失われてしまった過去の遺物を利用する位しか無い。
過去の遺物というよりも、資源不足と制限された技術力では到底創造不可能な代物が生活の場に存在していた。
例えば外界から街を隔てる防護壁(シェルター)。非常に強固なもので、これが建造されたのはおよそ百二十年前。リセット以前の過去に建造されたものが殆どだ。普通に歩けば被爆してしまう外界から、町を中心とした広範囲をドーム状に造られている。ドームを形成する素材は特殊なシリコンと透過型の合成樹脂をメインとし、柔い蛹を包む繭のように強靱な構造をしていて、光や大気を取り入れる代わりに放射線など有害要素を全て遮断。形あるオゾン層の様に現在も外郭をしっかりと維持している。
そしてドーム間を繋ぐ列車は防護壁と同じ機能を持ち、太陽光発電で動く優れた輸送車だった。
それ以外にあるものと言えばドームに囲まれた更地と、暮らしに必要とする最低限の物資、そして身を守るための最低限の重火器のみ。
ドームの中に閉じ込められるうちに、外界から町を守る防護壁のように強固で安全な物と対を成すように、外界へと開放する物が必要とされ、それらは教養ある一部の人間に全て託されることとなった。
託された側からすれば苦難と茨の道ばかりが目の前に広がっている。何をどう考察すればいいのか分からない者しかいなかったのだから。そんな状況でも任された者は身を削る思いで結果を残し、奇跡を形にしていった。
今現在存在するものの半分は遺跡群から解析された技術を応用したものが殆どだ。
また人類存亡の為と称して、生き残った人間にもメスは向けられていった。いわばイデア・プログラムもその影響を受けたものになる。結局の所は倫理的観点から非合法の烙印を押されたものだが。
そんな状態で約六十年前、中央府直属研究機関「TOOW」の遺跡探査研究チームによって過去へ繋ぐ"意識"を過去の遺物から発見するに至った。
それが『シュライン』と呼ばれる事となる。
『シュライン』は物質を介して存在する意識体があることまでは判明している。が、詳しいことは未だ不明のまま。分かっている事は彼らが自分の持つシステムの媒体に人間を選び、今のシステムでは実現不可能な現象を引き起こす事ぐらいだろう。
まさに神の発見に近い。
残された奇跡と迷走の残骸が混在するこの事件。どちらにもある程度の知識があれば、逃げ出したくなる危険さを孕んでいる。もしも神様と人形が悪い方向へ相互作用を起こしていたならどうなるか。更に死人の数は自乗されていくばかりで、普通に解決する方が難しい。そんな内容の事件を受けてくれる場所なんて此処位しか無い。
『シュライン』を持つ人間二人と接触が図れる。それがホリーホックの裏稼業だ。

考えるよりも動き回る事を理想とする一本気な馬鹿が、ジンの隣で馬鹿らしい叫び声を挙げた。

「あー。俺にはさっぱり分からん。何があってあのガキが逃げ回ってるんだ。」
「それは本人に聞くしか無いだろ。人間らしい判断力を削られてしまったと言っても、『人間』であることには変わりないんだから。」
「聞いても答えるだけの思考が残ってたらな。どーせ、俺は喧嘩(ガチ)するしか能のねぇアホやってるもんで。」
「アホでも喧嘩ができるだけ上等だろう。リリーはそんな馬鹿だからお前が好きだったんだろうよ。」
「お前までリリーを過去形にすんな。で、あの男は乏しい情報からアタリ位はつけてたか。」
ジンが言う前に机にラルフはメモの切れ端を置いた。走り書きで記された場所はイデア関連の施設以外にも、イデアによって事故や被害があった場所が並んでいた。
「なんだよ。これぐらいしか無かったのか。」
「これ位でもあるに越した事は無いだろう。他で出てきたら、アンジェラかウォルトが伝えに行く。」
「了解。あの男から情報吐かせた手数料は、この後で貰う報酬から引いておいてくれ。」
「あと、この件に関して俺から追加注文。」
「何?これ以上難しい内容にするつもりなのか。」
「いや。捜索対象のイデアと『シュライン』見つけたら、依頼内容を優先せずに即刻回収。犯人でも被害者でもどちらでも構わないから、ここに連れて来てくれ。」
「どっちでも構わないって......何か根拠があるのか。」
「あの男が吐いた情報全部が確かなものだと、少し気になる事がある。それだけだ。」